留学生&WISHスタッフブログ:北原圭将さん(アメリカ/サンフランシスコ)

「偶然」ってすごい

みなさんこんにちは。
サンフランシスコ滞在中の北原圭将です。
今回はつい先日あった「偶然」について書きたいと思います。

と、その前に、まずは報告から。

1点目。
なんやかんやでとうとう語学学校を卒業しました。
語学学校には5ヶ月くらいいたでしょうか。
入学当初はアウェー感がかなりあったにも関わらず、
最後は友達(先生、スタッフを含め)もたくさんできて
アットホームな学校だなと思いました。

ただ実を言うと5ヶ月というと学校の中でも古株に入るので
生徒の入れ替わりを見ていくわけですね。
で、親しくなった友達はどんどんどんどん国に帰って行くわけです。
それは本当に辛かったです。
ま、ホームワークがないのはとても嬉しかったですけどね(笑)。

2点目。
ボランティアを始めました。
なんかネイティブともっと関わる機会がほしいなーなんて理由から、
とあるミュージアムでボランティアやってます。
いい経験ですよ。
僕以外ネイティブですし…
あ、1人スタッフの中に日本人がいますが
20年近くこっちに住んでいる方なのでバリバリ英語を話します。
お客さんももちろんだいたいネイティブですし。
ボランティアをスタートしてよかったなって思ってます。

さて本題の「偶然」。
今僕はとある『国際インターンシップ』に応募しようかなと思っています。
で、その選考に向けて3分以内の自分についてのビデオを作らなければいけないのですが
どうすればいいかわからない。
ビデオなんて作ったことないので。
なのに作ろうとしているのはアニメーション(笑)。

ビデオの作り方は全くわからないけど、
その原稿なら作れるということで、書き上げ、
アメリカ人の友達に推敲してもらうことに。

それでダウンタウンのカフェへその友達に会いに行ったのですが、
大変混み合っており、見知らぬ女性と相席することに。
目の前に座っていたその女性と話しているとなんとその方
デザイナー(サイドビジネスって言ってましたがめちゃすごいです)。

原稿推敲のため数時間滞在している間に、いろいろ話し、
仲良くなり、彼女の自宅内にあるアトリエまで連れて行ってもらいました。

彼女の作品を見た瞬間、あるアイディアが浮かびました——
この人にビデオ制作手伝ってもらおう」。
その後は3人でレストランへ行き、思い切って協力を依頼してみました。
なんのためらいもなく二つ返事でOK。
しかもその方、アニメーションも簡単なものなら作れると。

もし僕の友達がそのカフェを選んでいなかったら・・・。
もしそのカフェが空いていたら・・・。
この偶然は起きなかったです。

今度また会って打ち合わせをする予定です。
どんな作品ができるのでしょうか。
すごくワクワクしてます。

「偶然」ってすごい!

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北原圭将さん(アメリカ/サンフランシスコ)留学生のブログ

最近思うこと。つれづれなるままに。

みなさん、こんにちは。サンフランシスコに滞在中の北原圭将です。

出国して4ヶ月が経ちました。早いです。
「光陰矢の如し」とはまさにこのことでしょう。
ただいま絶賛ネガティブモードでございます。

なぜ僕はネガティブモードなのでしょうか。

「日本にかえりたい〜」とかではないです。
むしろ逆ですね。

今回はその説明とともに最近(…いや、だいぶ前から。最近より強く)思うことを書きたいと思います。

先日試験をパスし、語学学校のレベル9に昇格(日本語合ってるのか?)することができました。
僕の語学学校はレベル1~10の10段階ある学校なのですが、
レベル10の生徒は見たことないので(先生ですらそう仰っておりました)
実質トップレベルなのでしょうか。
普通喜びますよね?

でも僕はあまり喜べなかったです。
本当に自分はレベル9なのかという不安に駆られるのです。

レベルが上がるに連れて文法の授業は少なくなり、議論の授業が増えていきます。
政治、世界の動向、ジェンダー、その他コントロヴァーシャルなトピック。
僕の問題は英語での議論があまり得意ではないということです。
日本語での議論はむしろ得意だと思っていますし、
海外での日常生活においてなんら不便はないです。
ではなぜ英語で議論が上手くできないのか。

自分なりに考えてみたところ、2つ原因を発見することができました。

1点目は、知らないことが多過ぎるということ。
世界のこと、日本のこと。
今自分の周りで何が起きているのか、本当に知らないことが多過ぎて恥ずかしい思いを
ここサンフランシスコで何度もしてきました。

トピックのことを知らないのにまともに議論なんてできませんよね。
僕は現在21歳なのですが無知です。
世界のことはおろか、日本のことも何も知りません。
中学時代は高校へ、高校時代に大学へ入学するためだけの勉強をしてきたからです。

学校には僕より若い16、17歳の子もいます。
その子たちは自分より若いのに自分の国に対する問題意識や世界の政治、
動向に対する見識、強い意見を持っています。

今の自分には何もないです。

2点目は、ロジカルシンキングに慣れていないということ。
自分のロジックを素早く構築し、それを話す。
日本にいるうちはこれが自分のストロングポイントだと思っていました。
ただこちらに来て周りの友達(アジア人以外)と比較してみると劣るなと。
自分のロジックが完成するころには論点が他のところに飛んでいたりして、
まともに参加できず「ほう、なるほど」と聞いているだけの時もあります。
ロジックを構築するだけでなく、素早くできなければ戦えないのだなと痛感しました。
これもロジカルシンキングに遠い勉強をしてきたからなのでしょうか。

これらは自分が英語で議論がうまくできないというのと同時に
自分の大きな問題であるということを認識しました。

2、3週間前に自分が講師となり、
セミナーのような形でクラスを巻き込んで議論をするという授業がありました。
議論をするというのでトピックは賛否両論あるような良質なものを選ばないといけません。
自分は準備にすごく時間をかけ、黙々と作業をしていました。
すると友達が
「なんでそんなに時間をかけるの?自分の知っていること、興味のあること、
 問題だと思っていることを自分が説明して、ディベートでしょ?
 そんなに準備に時間かける必要ないじゃん」
と何気なく言ってきました。
ここに僕と他の国の友達との違いをすごく感じました。

レベルが上がれば上がるほど自信がなくなる。
このパラドクスをここ最近すごく強く感じています。

少し上の内容と関わってくるのですが、
自分が6ヶ月の留学を通して自分の英語力をどこまで持っていけば満足できるのか、
疑問に感じています。

留学前は「英語がしゃべれるようになる」ということが目標でした。

ただ、こっちに来て感じたのが「英語をしゃべれる」とはどのような状態なのかということ。
日常会話(これもこれでどう定義したらいいのかわかりません)が不便なくできる状態なのか、
英語で電話ができる状態なのか、対等に議論ができる状態なのか、
商談ができる状態なのか等様々定義できると思います。

自分は日常会話はできます。
電話もある程度できます。
レベルも9です。
ただ一向に満足しないし自信ももてません。

だからこそ僕は今ハッピーではないですし、日本にも帰りたくありません。

さて、話は変わりますが、最近ボランティアに参加しようかなと思っておりまして、
ボランティアの求人をあさり中です。
というのも正直学校に飽きてきました。
友達はどんどんサンフランシスコを去っていきますし、入学したときと比べ生徒は全く変わりました。
で、いきなり上のクラスに来る生徒はいないので近しい友達が少ないのです。
1、2ヶ月前は友達がたくさんいて学校が楽しかったのになー。
そのせいで若干退屈になってきております。

プラス自分はネイティブともっと話す機会が必要と感じましてトライしようと思ってます。
いろいろ候補はあるのですが、どこでも日本で言うエントリーシート?
(まだ見たことないからわからないが僕の想像。笑)
のようなものの提出が求められるのですが、どれも自分がそこに参加し、
どう貢献できるか、そのような特別なスキルを持ち合わせているかを聞かれます。

実にアメリカらしいですよね。(笑)僕はそんな立派なものは持っていないので、
そこに何を書こうか考え中です。

 さて今回も長文になってしまいました。
思いをそのままぶわーーーと書いたので伝わるのか、
「ロジカル(笑)」なのかわかりませんが、理解してくれることを祈っております。

<おまけ>

① 先月遊び過ぎたため、今月はお金を節約するために、ひっそりと静かに過ごしました。

② しかし、アメリカのバレンタインデーの習慣は日本と逆、
  つまり男がチョコなり花なりを買わなければならないので、
  日本の女性の皆様のバレンタインデーのお気持ちがよーーーく分かりました。

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北原圭将さん(アメリカ/サンフランシスコ)

NY旅行

遅くなりましたが、明けましておめでとうございます。
年末年始にNYに行って参りましたサンフランシスコ留学中の北原圭将です。

NYC

旅行と言えばトラブルですよね。
今回はNYで起きたハプニングについて書かせていただきたいと思います。
とても長くなるのでご覚悟を(笑)  


1/3、午前8:45。
僕は留学先のサンフランシスコへ戻るため、NYのJFK空港に到着しました。
が、僕のフライトはキャンセル。。。
原因はスノーストームの直撃でした。

snow

前日に確認してキャンセルになっていたので特に動揺はしなかったです。
代わりのフライトは遅くなるか、最悪翌日のフライトになるだろうくらいの気持ちでいました。
チケット交換のカウンターには長蛇の列。
その列に並ぶ中で1人の韓国人の女性と出会い、一緒にしゃべりながら時間を潰しました。


その女性はミシガン州の大学に交換留学生として通っており、
NYに旅行し、韓国に帰国するついでに僕の住むサンフランシスコにも旅行する途中だと言ってました。
なんとその女性、前日の夜の11時から空港にいたというから驚き。
しかもすでに一度チケット交換は済ませたらしいのですが、
その代わりのフライト(僕のもともとのフライト)もキャンセルになったという悲劇を経験していらっしゃる強者。


なんやかんやで結局3時間並び、やっと僕の番になりました。
渡された代わりのチケットは1/5、そう、2日後です。
手の込んだアメリカンジョークかと思いましたよね。
確認したところジョークではないと言うので悲劇ということがわかりました。


どうしようかと考えていると、さっきの女性が僕のところに来ました。
彼女のフライトは1/6、3日後。発狂しながらどこかへ消えていきました。  
僕にとって2晩も空港(室内とは言うもののかなり寒い。さすがNY。)で過ごすなど不可能なので
ホテルをブッキングすることに決めました。


アメリカの空港のくせにフリーWiFiがないのでポケットルーターを旅行前に契約しておいて本当に良かったと思いました。とは言うものの、
バッテリーが切れたら元も子もないのでPCとルーターのバッテリーに細心の注意を払いつつ、
必要最小限を常に意識しながらホテルを探しました。


無事にホテルが見つかり、後はネット上で料金を払うだけだったのですが、
僕のカードでなぜかブッキングできない。
途方に暮れていたところ、1人のスイス人の男性が話しかけてきました。
僕がネットを使っている様子を見て、フリーWiFiはどうやって接続するのか聞いてきましたが、
もちろんそんな大したものはあるはずもなく、自分のWiFiを使っていることを説明してあげました。


NY経由でコロンビアに向かうはずの彼のフライトもキャンセルになり、
ホテルを探そうとしているがWiFiがないので困っていると言っていたので、
僕のWiFiを使わせてあげることにしました。
彼がホテルを探している間に、僕のカード会社であるBank of America(BOA)に電話をし、
またネット上でBOAとチャットをする中でなんとか問題は解決し、
無事ホテルの予約をすることができました。


ところがスイス人の彼はホテルがとることができなかったので僕のホテルに泊まらせてあげることにしました。
やっと空港から脱出でき一安心。  
ホテルのシャトルバスに乗り、そのホテルに到着しました。


が、チェックインをしようとしたところ、フロントの男性が部屋はいっぱいというのです。
おかしい。僕はブッキングを済ませ、お金まですでに払っている状態。
ということで、そのブッキングサイトに電話をかけました。
電話先のおばさんの声が聞き取りにくい。
イライラしながら話していると僕のブッキングがキャンセルになっていると言うのです。
おかしい。なぜなら、そのサイトで一度予約をすると、たとえ自分がキャンセルしたくてもできないからです。
それなのにキャンセルとは異常なのでその旨を半ギレ状態で伝えたところ、
代わりのホテルをとるから少し待ってくれと言いました。


半ギレかつ僕の英語はとても上手いものではないので発狂してるように感じたのでしょうか(笑)。
とりあえず折り返しの電話を待つことに。
一緒に来たスイス人の彼はというと、そのホテル内のフリーWiFiを使い、
Brooklynに住むいとこに連絡し、無事寝る場所は確保できたというのでそこで別れることに。


短い間でしたが本当に濃いサバイバルを彼と経験したので、その別れはなかなか寂しいものでした。


数分後折り返しの電話があり、「ホテルが確保できた」との連絡がありました。
が、そのホテルはそこから少し離れた場所でタクシーを使わないと移動できないと言うのです。
しかもそのホテルに無料シャトルはない。
そんな馬鹿な話はあるか、ということで交渉をさせていただいたところ、
ホテルからホテル、ホテルから空港のタクシー代は払うと言ったので了承し、
第2のホテルを今度こそ確保できました。  


イエローキャブ(通常のタクシー)を呼んでもらおうと頼んだのですが番号を持っていないというので、自分で調べ提示し、コールしてもらいました。
が、乗せられたのはブラックカー(個人タクシーのようなもの。料金は異常に高い)。


運転手は20年以上アメリカに住んでいるという割には英語に異常ななまりのあるアラブ系の男性。
その男性もむちゃくちゃで、乗る前にホテルの場所を知っているかと確認し、
「もちろん知っている、20年以上アメリカに住んでいるから安心しろ」と言っていたのにも関わらず、運転中にGPSで調べろと言ってくるのです。


もちろん使い方がわかるはずもなく、「できない」と伝えると、彼のケータイを渡され、「それで調べろ」と言うのです。
不幸にもそのケータイがフリーズしました。
なんとか調べるからいったん止まれと言うと、彼は嫌だと言いました。
しかももたもたしてるから料金は高くつくと言うのです。
その時点で彼が僕の殺気を感じることができたかどうかはわかりません。


結局僕のバッテリーが死にかけのWiFiとiPodを駆使し、なんとかホテルに到着しました。
料金は15分弱の運転で$60+チップ
予想外に高く、不幸にもそんなに現金をもってなかったので、
カードで払おうとしたところ、カードは使えないと言われました。


近くのボロボロの売店の超怪しいATMまで連れてかれ、キャッシュをおろし、
無事料金を払い終えると、$80の偽造レシートを渡されました。
ここまでくるともうあまり驚きはなかったです。  


もう夜9時は過ぎていたでしょうか。
やっとのことでホテルに到着しました。
もう異常なまでの喉の乾きと空腹、憤怒、不安というむちゃくちゃ情緒不安定な状態でした。


限界で今日あった全ての出来事を簡潔にフロントの女性にぶちまけると、
その女性は僕を手助けすることができると言いました。


まず、他の姉妹ホテルから無料でシャトルを呼んでくれました。
さらにチェックアウトの時間も無料で2時間延長させてもらいました。
それだけでなく、空腹状態を把握した彼女は売店にある食料と飲料何でも好きなだけ持っていっていいと言ってくれました。
今まで散々な扱いをされ、半分人間不信に陥っていたくらい荒んでいた僕の心を潤すオアシスのような突然の彼女の優しさに僕は今までの不安が一気に安堵へ変わり、涙があふれました。


人の優しさで生まれて初めて涙しました。


残りの時間はQueensに住む友達と連絡をとることができ、
翌日は彼らの家に泊まらせてもらえることになりました。一安心。  


翌日、午後12時頃に突然フロントから電話がありました。
何事かと思ってでると、「チェックアウトはまだか」と言われました。
「いやいや、許可されたから。」そのような旨を伝えるとオッケーされました。
その時点で僕はまたかと思い、嫌な予感しかしませんでした。
が、何事もなく無事その日を終えることができました。
いや、彼らの家はものすごく狭く、シングルのベッドに3人で寝ました。
とてつもなく良く眠れなかったです。  


最終日、彼ら別れと感謝を告げ、空港に向かいました。
途中ホームレスにたかられましたが難なく無視し、空港に到着しました。
無愛想なスタッフにチケットをボーディングパスに交換してもらい、
セキュリティチェックをクリアしゲートへと向かいました。


途中、ある不自然さに気がつきました。
ボーディングパスが1枚しかないのです。
僕のフライトはNYからロス経由でサンフランシスコに帰る予定だったのですが、
NY→ロスのボーディングパスしかないので、これはおかしいぞと思い、ゲートのスタッフに念のため確認しました。


予想通り、本来2枚もらえるはずだったのが1枚ということがわかり、
急遽ロス→サンフランシスコのボーディングパスを作ってもらいました。


そしてゲートを抜けるときボーディングパスを機会にかざすのですが、ここでも問題が発生しました。
NY→ロスのチケットにエラーが起きたのです。
何回目の問題でしょうか。もう分かりません。


新しいものをつくってもらい、無事飛行機に搭乗することができました。  
僕の飛行機の出発時刻は午後1:45だったのですが実際に動き始めたのは約1時間後。
僕のロスでの乗り換えの時間は1時間しかなかったので終わったと思いました。搭
乗員の方に確認したところ、オンタイムに着くから問題ないと言っていましたが、
一応隣に座っていたお兄さんにも確認したところチケットは簡単に交換できるというので安心しました。


しかし、僕の航空会社はAmerican Airlinesだったのですが、
飛行機内に個人用のモニターがないのです。
そのため5-6時間何もやることなく非常につまらないフライトでした。


ロスにつくとロス→サンフランシスコのフライトも遅れており、交換することなく無事搭乗できました。
ゲート通過の時にまた問題が起きないかとビクビクしましたが何事もなかったです。
で、とうとう無事サンフランシスコに帰ることができました。  


今回の旅は本当に楽しかったですが、
もともとの最終日(3日)は人生で最悪の日と言っても過言ではないかもしれないです。


しかし、そのハプニングの中でいろんな出会いがあり
人の優しさも身をもって味わうこともできました。


人生で最悪の日でもあり、最高の日でもあったのかもしれません。
 

さて、最近はと言うと1/16~1/19にルームメイト(ブラジル人、韓国人)とロスに行ってきました。
今そのロス→サンフランシスコに帰るバスの中でこの記事を書いています。
今のところ大きな問題は発生しておりませんが、
何事もなく無事帰宅できることを祈っております。(笑)


長くなりましたが最後まで読んでくださった方ありがとうございました。

カテゴリ:
北原圭将さん(アメリカ/サンフランシスコ)

Hello, new world. I'm Kei.

皆さん、初めまして。サンフランシスコに留学中の北原圭将と申します。サンフランシスコ留学

ここには留学中の本音を書こうと思っています。お役に立てるようなことが書けるかどうかはわかりませんが、とにかく本音で書くつもりです。よろしくお願いします。

さて、僕のどうでもいい自己紹介に時間をかけるつもりは毛程もないのですっとばしていきます。時は金なり

早速ですが今回は到着から現在までの様子について書こうかと。とは言っても約2カ月あまりの出来事をここに書くのは不可能なので、かなりかいつまんで書きます。

1、初
10月13日。
僕は憧れの地アメリカに到着しました。
空港内には警察がうようよ。もちろんwith本物の銃おーまいがー

射撃されることなく空港を抜け、バートという電車に乗りダウンタウンへ。日本の電車と違い、まーーーうるさいあんまり速くないくせに音だけは一丁前。日本の新幹線はすごい。さすがっす。

ダウンタウンをぶらぶらしてホームステイ先へ。僕のホストファミリーはフィリピン人。そう、ハリケーンが直撃したフィリピン。でも僕のホストファミリーの故郷とは離れた場所でしたのでご安心を。ちなみに僕は$20を寄付しました。Bless me。

到着してすぐ食べさせられたのがフルーツ、激甘ケーキ、激甘クッキー、ポテチ、コーラ。ディナーは巨大なピザ、チキン、ドーナツ、コーラ。絶句。恐るべしThe U.S.A


2、ハロウィン
10月31日。
ハロウィンなど全く興味がなく、日本でそれに関するイベントには参加したことアメリカのハロウィンがなかったので生まれて初めてのハロウィン。まさかアメリカで初めてのハロウィンらしいハロウィンを過ごすとは…。

学校でパーティをし、友だちの寮でもパーティをし、その後みんなでカストロという仮装した人が集まるストリートに行きました。

アメリカをなめてました。まず規模が違う
カストロに着くと仮装した人の群れ。なかなか動けない。全身機械みたいな仮装をした人(写真)、全裸の人(写真載せてもいいですか?笑)etc。

頑張っても目立てないです。日本とはとにかく規模が違いました。


3、ブラックフライデー
11月29日。
別名ブラックフライデー。この日は年最大のセールで、多くの店が深夜にオープンするのでとんでもない行列ができます。簡単に言うとスーパーウルトラメガデンジャラスクレイジーセールです。気になる方はネットで探してみてください。

朝ニュースを見ていると深夜のセール(闘い)で
①妊婦が死にかけていましたブラックフライデー
②2人の女性がスタンガンで決闘してまいた。

まじっすか。

でもご安心を。僕は友だち数人とアウトレットに行ったのですが、昼前に到着したので殺気は感じなかったです。とは言ってもすごい人の数でしたが。

本でSサイズの僕はアメリカンサイズではキッズのLサイズ。ただでさえアメリカ発のブランドは安いのにキッズだとさらに安い。さらにセールでかなりお得に買い物ができました。



いかがでしょう。少しはアメリカを想像することができたでしょうか。
これでも頑張って絞りに絞ったのですが書くことが多過ぎて…。
でもご安心を。これ以上は控えます。僕も疲れました。
久々に日本語で長々と文章書いたので変なところがあるかもしれませんがご勘弁を。

あ、思い出した。今日電話で久々に日本語を、しかも敬語を使ったのですが、ものすごく違和感がありました。今は日本語も英語もめちゃめちゃな状態です。

今回はこれまで。次回をお楽しみに。
Thank you so much for reading. I’ll catch you in the next one.

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北原圭将さん(アメリカ/サンフランシスコ)
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