留学生&WISHスタッフブログ:2014年2月

最近思うこと。つれづれなるままに。

みなさん、こんにちは。サンフランシスコに滞在中の北原圭将です。

出国して4ヶ月が経ちました。早いです。
「光陰矢の如し」とはまさにこのことでしょう。
ただいま絶賛ネガティブモードでございます。

なぜ僕はネガティブモードなのでしょうか。

「日本にかえりたい〜」とかではないです。
むしろ逆ですね。

今回はその説明とともに最近(…いや、だいぶ前から。最近より強く)思うことを書きたいと思います。

先日試験をパスし、語学学校のレベル9に昇格(日本語合ってるのか?)することができました。
僕の語学学校はレベル1~10の10段階ある学校なのですが、
レベル10の生徒は見たことないので(先生ですらそう仰っておりました)
実質トップレベルなのでしょうか。
普通喜びますよね?

でも僕はあまり喜べなかったです。
本当に自分はレベル9なのかという不安に駆られるのです。

レベルが上がるに連れて文法の授業は少なくなり、議論の授業が増えていきます。
政治、世界の動向、ジェンダー、その他コントロヴァーシャルなトピック。
僕の問題は英語での議論があまり得意ではないということです。
日本語での議論はむしろ得意だと思っていますし、
海外での日常生活においてなんら不便はないです。
ではなぜ英語で議論が上手くできないのか。

自分なりに考えてみたところ、2つ原因を発見することができました。

1点目は、知らないことが多過ぎるということ。
世界のこと、日本のこと。
今自分の周りで何が起きているのか、本当に知らないことが多過ぎて恥ずかしい思いを
ここサンフランシスコで何度もしてきました。

トピックのことを知らないのにまともに議論なんてできませんよね。
僕は現在21歳なのですが無知です。
世界のことはおろか、日本のことも何も知りません。
中学時代は高校へ、高校時代に大学へ入学するためだけの勉強をしてきたからです。

学校には僕より若い16、17歳の子もいます。
その子たちは自分より若いのに自分の国に対する問題意識や世界の政治、
動向に対する見識、強い意見を持っています。

今の自分には何もないです。

2点目は、ロジカルシンキングに慣れていないということ。
自分のロジックを素早く構築し、それを話す。
日本にいるうちはこれが自分のストロングポイントだと思っていました。
ただこちらに来て周りの友達(アジア人以外)と比較してみると劣るなと。
自分のロジックが完成するころには論点が他のところに飛んでいたりして、
まともに参加できず「ほう、なるほど」と聞いているだけの時もあります。
ロジックを構築するだけでなく、素早くできなければ戦えないのだなと痛感しました。
これもロジカルシンキングに遠い勉強をしてきたからなのでしょうか。

これらは自分が英語で議論がうまくできないというのと同時に
自分の大きな問題であるということを認識しました。

2、3週間前に自分が講師となり、
セミナーのような形でクラスを巻き込んで議論をするという授業がありました。
議論をするというのでトピックは賛否両論あるような良質なものを選ばないといけません。
自分は準備にすごく時間をかけ、黙々と作業をしていました。
すると友達が
「なんでそんなに時間をかけるの?自分の知っていること、興味のあること、
 問題だと思っていることを自分が説明して、ディベートでしょ?
 そんなに準備に時間かける必要ないじゃん」
と何気なく言ってきました。
ここに僕と他の国の友達との違いをすごく感じました。

レベルが上がれば上がるほど自信がなくなる。
このパラドクスをここ最近すごく強く感じています。

少し上の内容と関わってくるのですが、
自分が6ヶ月の留学を通して自分の英語力をどこまで持っていけば満足できるのか、
疑問に感じています。

留学前は「英語がしゃべれるようになる」ということが目標でした。

ただ、こっちに来て感じたのが「英語をしゃべれる」とはどのような状態なのかということ。
日常会話(これもこれでどう定義したらいいのかわかりません)が不便なくできる状態なのか、
英語で電話ができる状態なのか、対等に議論ができる状態なのか、
商談ができる状態なのか等様々定義できると思います。

自分は日常会話はできます。
電話もある程度できます。
レベルも9です。
ただ一向に満足しないし自信ももてません。

だからこそ僕は今ハッピーではないですし、日本にも帰りたくありません。

さて、話は変わりますが、最近ボランティアに参加しようかなと思っておりまして、
ボランティアの求人をあさり中です。
というのも正直学校に飽きてきました。
友達はどんどんサンフランシスコを去っていきますし、入学したときと比べ生徒は全く変わりました。
で、いきなり上のクラスに来る生徒はいないので近しい友達が少ないのです。
1、2ヶ月前は友達がたくさんいて学校が楽しかったのになー。
そのせいで若干退屈になってきております。

プラス自分はネイティブともっと話す機会が必要と感じましてトライしようと思ってます。
いろいろ候補はあるのですが、どこでも日本で言うエントリーシート?
(まだ見たことないからわからないが僕の想像。笑)
のようなものの提出が求められるのですが、どれも自分がそこに参加し、
どう貢献できるか、そのような特別なスキルを持ち合わせているかを聞かれます。

実にアメリカらしいですよね。(笑)僕はそんな立派なものは持っていないので、
そこに何を書こうか考え中です。

 さて今回も長文になってしまいました。
思いをそのままぶわーーーと書いたので伝わるのか、
「ロジカル(笑)」なのかわかりませんが、理解してくれることを祈っております。

<おまけ>

① 先月遊び過ぎたため、今月はお金を節約するために、ひっそりと静かに過ごしました。

② しかし、アメリカのバレンタインデーの習慣は日本と逆、
  つまり男がチョコなり花なりを買わなければならないので、
  日本の女性の皆様のバレンタインデーのお気持ちがよーーーく分かりました。

カテゴリ:
北原圭将さん(アメリカ/サンフランシスコ)

3日間のリフレッシュ♪

東京本社法人営業部の持田です。
今週金曜は関東地方の最高気温17度という予報が今朝テレビで流れていました。
春はすぐそこなのかなとコートを羽織りながら少し嬉しく感じた朝でした。
皆さんお元気ですか?

気が付けば2月ももうすぐ終わりですね。
2014年がスタートしもう3ヶ月目に入ってしまいます。
皆さんお正月に心に決めたこと、実行していますか?
私もいくつか心に決めました。

その中の1つが「3歳半と5歳半となった子供たちを飛行機に乗せる!」でした。
あれ?これは私が旅行生活を復活したいだけ?
・・・・いやいや!
子供たちに色々な「非日常」を体験させたい!という気持ちからですよー。

ということで、旦那さんのカードマイルを利用し冬の沖縄に2泊3日で行ってきました。
自宅が羽田空港に近いこともあり、
出発の前週から羽田空港に遊びに行きデッキで発着する飛行機を子供たちと見学したり、
子供の気持ちはMAXの状態で出発しました。
(旦那さんに言わせると子供以上に私がMAXだったという噂もありますが、笑)

特に上の女の子は離着陸で怖がるかなと思いきや、
意外に大丈夫・・・どころか 綿あめのような雲と、
そこから顔を出す富士山をみて「わー美味しそう~♪」と笑顔。
頭を雲の上に出す富士山、なんだかとても神秘的で私も見入ってしまいました。
シーサー

離陸時の「耳抜き対策に」と、
3歳息子の口に入れようと思ってアメを持参するも・・・
離陸までの待機時間にガリガリ噛み砕き食べつくし、
肝心の離陸時には口に何もないという結末(笑)

子育てをしていると
「大人が心配する事なんて意外になんでもないことだなー」と感じることがたくさんあります。

そんなこんなで無事に沖縄に到着、大雪で大変な状況だった東京と気温差なんと14度!
  
1日目はアグー豚のしゃぶしゃぶを食べ、ゆっくりホテルまで移動。
2日目は北部にレンタカーで足を伸ばしお決まりの美ら海水族館、古宇利大橋、
グラスボート、パイナップルパーク・・・と
沖縄の青い海と真っ赤なハイビスカス、自然を目に焼き付けました。
  okinawa  okinawa

美ら海水族館は、正直
「子供のためだから行くか~」くらいに思っていましたがこれがなかなかの迫力でした!
子供たちが楽しみにしていたジンベイさん(ジンベイザメ)の水槽の前で 子供たちもデジカメを手に何枚も写真を撮って楽しんでいました。
okinawa

そして3日目は夜のフライトまで中部を中心に観光、メインはビオスの丘。
ここではアスレチック、カヤックなど自然の中で子供たちが遊べるところがたくさん。
皆さんがトライしたいと思うかどうかは微妙ですが・・・ヤギの散歩まで体験してきました。
 力の強いヤギなので、「ヤギに散歩されてきた」という方が正しいかもしれませんが・・・(笑)okinawa  okinawa  okinawa

昔はダイビングのために離島を何度か訪れていましたが本島に3日間も滞在したのは初めてでした。

神秘的な富士山といい、青い海といい、やはり「日本は素敵だなー」と改めて感じる良い旅でした。

これからも海外を知る、日本を知る・・・両方大事にして行きたいと思います。

お土産の少ない我が家の1番は子供たちが色づけした「シーサー」。
「大人ではあり得ない色」に塗られた我が家のシーサーが、今朝も玄関で見送ってくれました(笑)
シーサー

カテゴリ:
スタッフの日常

2月ですね...暑いです...!!

みなさん、こんにちは! ブリスベンに留学に来ている武田芹奈です。
日本は冬真っ只中で、とっても寒い・・・ですよね。

ちなみにこちらでは半そでの日々を送っています、暑いです。
最近では暑いときには40度を超えることも・・・。
ですが、オーストラリアの建物内はびっくりするほど寒いです(笑) エアコンの効きがはんぱないです。
なので外では半そででも暑いくらいなのですが、建物に入ったら上着が必要になります!!!

特に私の学校ははんぱなく寒いので、
上着を忘れると1日中冷蔵庫の中にいるような気分です(笑)
なので上着は必須ですよ!!!!!!

今年の年明けはオーストラリアで過ごしました:)
NEW YEAR'S EVENTとしてブリスベンでは花火があがりました!!!

年明け1時間前くらいから、人がどんどん集まってきてカウントダウンをして花火とともに年明けです:)

ブリスベンにはいろんな国の人がたくさんいます。
なのでみんないろんな国の人と話すのがだいすき!!!
特にイベントのときなんかでは”みんな友だち!”みたいな感じで、いろんな人と話すことができます!
もちろん日常生活でも、知らない人に話しかけられることもたくさんあります。
日本にいたら考えられないことですね。


つい先日、学校の先生と話していたときに
日本人はspeakingで瞬時に返答することが苦手な人が多い
という話題になりました。

そのときに
「日本では日常生活で知らない人と話す習慣があまりなく、
すぐに返答するという機会が少ないから英語のspeaking に影響する」という話がありました。
それを聞いて、確かにと納得!

だからこそ、海外に来て日常的に「すぐに返答する」という環境に慣れることって日本にいたら絶対に出来ない経験だと思いました!

こちらに来て4ヶ月、英語が少しずつ伸びていくのがなんとなく感じられるようになってきました。
バイトでは日本食レストランとはいえ、日本人のお客さんはあまりいなくて、
現地の人や、バックパッカーで来ているほかの国の人などがほとんどです。

なのでもちろんいつも英語!英語!英語!
しかも、スラングやイントネーションの違い、もちろんスピードもとっても速いし、
最初のうちは全然聞き取れませんでした。

しかし仕事を始めて1ヶ月、だんだんと慣れてきて世間話なんかもできるようになってきました。
そのおかげもあってなのか、語学学校ではついに1番上のクラスのAdvanceに!!!!!
学校自体は残り2週間なのですが、1番上のクラスでたくさんしごかれたいと思います(笑)
tomodati

余談ですが、1/20に21歳の誕生日を迎えました!
誕生日はファミリーに祝ってもらい、すてきな誕生日を過ごすことができました:)
初めての夏の誕生日、いつもと違っていい思い出です!

bd

カテゴリ:
武田芹奈さん(オーストラリア/ブリスベン)

NY旅行

遅くなりましたが、明けましておめでとうございます。
年末年始にNYに行って参りましたサンフランシスコ留学中の北原圭将です。

NYC

旅行と言えばトラブルですよね。
今回はNYで起きたハプニングについて書かせていただきたいと思います。
とても長くなるのでご覚悟を(笑)  


1/3、午前8:45。
僕は留学先のサンフランシスコへ戻るため、NYのJFK空港に到着しました。
が、僕のフライトはキャンセル。。。
原因はスノーストームの直撃でした。

snow

前日に確認してキャンセルになっていたので特に動揺はしなかったです。
代わりのフライトは遅くなるか、最悪翌日のフライトになるだろうくらいの気持ちでいました。
チケット交換のカウンターには長蛇の列。
その列に並ぶ中で1人の韓国人の女性と出会い、一緒にしゃべりながら時間を潰しました。


その女性はミシガン州の大学に交換留学生として通っており、
NYに旅行し、韓国に帰国するついでに僕の住むサンフランシスコにも旅行する途中だと言ってました。
なんとその女性、前日の夜の11時から空港にいたというから驚き。
しかもすでに一度チケット交換は済ませたらしいのですが、
その代わりのフライト(僕のもともとのフライト)もキャンセルになったという悲劇を経験していらっしゃる強者。


なんやかんやで結局3時間並び、やっと僕の番になりました。
渡された代わりのチケットは1/5、そう、2日後です。
手の込んだアメリカンジョークかと思いましたよね。
確認したところジョークではないと言うので悲劇ということがわかりました。


どうしようかと考えていると、さっきの女性が僕のところに来ました。
彼女のフライトは1/6、3日後。発狂しながらどこかへ消えていきました。  
僕にとって2晩も空港(室内とは言うもののかなり寒い。さすがNY。)で過ごすなど不可能なので
ホテルをブッキングすることに決めました。


アメリカの空港のくせにフリーWiFiがないのでポケットルーターを旅行前に契約しておいて本当に良かったと思いました。とは言うものの、
バッテリーが切れたら元も子もないのでPCとルーターのバッテリーに細心の注意を払いつつ、
必要最小限を常に意識しながらホテルを探しました。


無事にホテルが見つかり、後はネット上で料金を払うだけだったのですが、
僕のカードでなぜかブッキングできない。
途方に暮れていたところ、1人のスイス人の男性が話しかけてきました。
僕がネットを使っている様子を見て、フリーWiFiはどうやって接続するのか聞いてきましたが、
もちろんそんな大したものはあるはずもなく、自分のWiFiを使っていることを説明してあげました。


NY経由でコロンビアに向かうはずの彼のフライトもキャンセルになり、
ホテルを探そうとしているがWiFiがないので困っていると言っていたので、
僕のWiFiを使わせてあげることにしました。
彼がホテルを探している間に、僕のカード会社であるBank of America(BOA)に電話をし、
またネット上でBOAとチャットをする中でなんとか問題は解決し、
無事ホテルの予約をすることができました。


ところがスイス人の彼はホテルがとることができなかったので僕のホテルに泊まらせてあげることにしました。
やっと空港から脱出でき一安心。  
ホテルのシャトルバスに乗り、そのホテルに到着しました。


が、チェックインをしようとしたところ、フロントの男性が部屋はいっぱいというのです。
おかしい。僕はブッキングを済ませ、お金まですでに払っている状態。
ということで、そのブッキングサイトに電話をかけました。
電話先のおばさんの声が聞き取りにくい。
イライラしながら話していると僕のブッキングがキャンセルになっていると言うのです。
おかしい。なぜなら、そのサイトで一度予約をすると、たとえ自分がキャンセルしたくてもできないからです。
それなのにキャンセルとは異常なのでその旨を半ギレ状態で伝えたところ、
代わりのホテルをとるから少し待ってくれと言いました。


半ギレかつ僕の英語はとても上手いものではないので発狂してるように感じたのでしょうか(笑)。
とりあえず折り返しの電話を待つことに。
一緒に来たスイス人の彼はというと、そのホテル内のフリーWiFiを使い、
Brooklynに住むいとこに連絡し、無事寝る場所は確保できたというのでそこで別れることに。


短い間でしたが本当に濃いサバイバルを彼と経験したので、その別れはなかなか寂しいものでした。


数分後折り返しの電話があり、「ホテルが確保できた」との連絡がありました。
が、そのホテルはそこから少し離れた場所でタクシーを使わないと移動できないと言うのです。
しかもそのホテルに無料シャトルはない。
そんな馬鹿な話はあるか、ということで交渉をさせていただいたところ、
ホテルからホテル、ホテルから空港のタクシー代は払うと言ったので了承し、
第2のホテルを今度こそ確保できました。  


イエローキャブ(通常のタクシー)を呼んでもらおうと頼んだのですが番号を持っていないというので、自分で調べ提示し、コールしてもらいました。
が、乗せられたのはブラックカー(個人タクシーのようなもの。料金は異常に高い)。


運転手は20年以上アメリカに住んでいるという割には英語に異常ななまりのあるアラブ系の男性。
その男性もむちゃくちゃで、乗る前にホテルの場所を知っているかと確認し、
「もちろん知っている、20年以上アメリカに住んでいるから安心しろ」と言っていたのにも関わらず、運転中にGPSで調べろと言ってくるのです。


もちろん使い方がわかるはずもなく、「できない」と伝えると、彼のケータイを渡され、「それで調べろ」と言うのです。
不幸にもそのケータイがフリーズしました。
なんとか調べるからいったん止まれと言うと、彼は嫌だと言いました。
しかももたもたしてるから料金は高くつくと言うのです。
その時点で彼が僕の殺気を感じることができたかどうかはわかりません。


結局僕のバッテリーが死にかけのWiFiとiPodを駆使し、なんとかホテルに到着しました。
料金は15分弱の運転で$60+チップ
予想外に高く、不幸にもそんなに現金をもってなかったので、
カードで払おうとしたところ、カードは使えないと言われました。


近くのボロボロの売店の超怪しいATMまで連れてかれ、キャッシュをおろし、
無事料金を払い終えると、$80の偽造レシートを渡されました。
ここまでくるともうあまり驚きはなかったです。  


もう夜9時は過ぎていたでしょうか。
やっとのことでホテルに到着しました。
もう異常なまでの喉の乾きと空腹、憤怒、不安というむちゃくちゃ情緒不安定な状態でした。


限界で今日あった全ての出来事を簡潔にフロントの女性にぶちまけると、
その女性は僕を手助けすることができると言いました。


まず、他の姉妹ホテルから無料でシャトルを呼んでくれました。
さらにチェックアウトの時間も無料で2時間延長させてもらいました。
それだけでなく、空腹状態を把握した彼女は売店にある食料と飲料何でも好きなだけ持っていっていいと言ってくれました。
今まで散々な扱いをされ、半分人間不信に陥っていたくらい荒んでいた僕の心を潤すオアシスのような突然の彼女の優しさに僕は今までの不安が一気に安堵へ変わり、涙があふれました。


人の優しさで生まれて初めて涙しました。


残りの時間はQueensに住む友達と連絡をとることができ、
翌日は彼らの家に泊まらせてもらえることになりました。一安心。  


翌日、午後12時頃に突然フロントから電話がありました。
何事かと思ってでると、「チェックアウトはまだか」と言われました。
「いやいや、許可されたから。」そのような旨を伝えるとオッケーされました。
その時点で僕はまたかと思い、嫌な予感しかしませんでした。
が、何事もなく無事その日を終えることができました。
いや、彼らの家はものすごく狭く、シングルのベッドに3人で寝ました。
とてつもなく良く眠れなかったです。  


最終日、彼ら別れと感謝を告げ、空港に向かいました。
途中ホームレスにたかられましたが難なく無視し、空港に到着しました。
無愛想なスタッフにチケットをボーディングパスに交換してもらい、
セキュリティチェックをクリアしゲートへと向かいました。


途中、ある不自然さに気がつきました。
ボーディングパスが1枚しかないのです。
僕のフライトはNYからロス経由でサンフランシスコに帰る予定だったのですが、
NY→ロスのボーディングパスしかないので、これはおかしいぞと思い、ゲートのスタッフに念のため確認しました。


予想通り、本来2枚もらえるはずだったのが1枚ということがわかり、
急遽ロス→サンフランシスコのボーディングパスを作ってもらいました。


そしてゲートを抜けるときボーディングパスを機会にかざすのですが、ここでも問題が発生しました。
NY→ロスのチケットにエラーが起きたのです。
何回目の問題でしょうか。もう分かりません。


新しいものをつくってもらい、無事飛行機に搭乗することができました。  
僕の飛行機の出発時刻は午後1:45だったのですが実際に動き始めたのは約1時間後。
僕のロスでの乗り換えの時間は1時間しかなかったので終わったと思いました。搭
乗員の方に確認したところ、オンタイムに着くから問題ないと言っていましたが、
一応隣に座っていたお兄さんにも確認したところチケットは簡単に交換できるというので安心しました。


しかし、僕の航空会社はAmerican Airlinesだったのですが、
飛行機内に個人用のモニターがないのです。
そのため5-6時間何もやることなく非常につまらないフライトでした。


ロスにつくとロス→サンフランシスコのフライトも遅れており、交換することなく無事搭乗できました。
ゲート通過の時にまた問題が起きないかとビクビクしましたが何事もなかったです。
で、とうとう無事サンフランシスコに帰ることができました。  


今回の旅は本当に楽しかったですが、
もともとの最終日(3日)は人生で最悪の日と言っても過言ではないかもしれないです。


しかし、そのハプニングの中でいろんな出会いがあり
人の優しさも身をもって味わうこともできました。


人生で最悪の日でもあり、最高の日でもあったのかもしれません。
 

さて、最近はと言うと1/16~1/19にルームメイト(ブラジル人、韓国人)とロスに行ってきました。
今そのロス→サンフランシスコに帰るバスの中でこの記事を書いています。
今のところ大きな問題は発生しておりませんが、
何事もなく無事帰宅できることを祈っております。(笑)


長くなりましたが最後まで読んでくださった方ありがとうございました。

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北原圭将さん(アメリカ/サンフランシスコ)

これが留学...!!

Hello! How are you doing?
こんにちは♫ みなさんお元気ですか~っ?
バンクーバーに留学中の柳沼名央子です。

留学してはや3ヵ月が過ぎました。
この3ヵ月目の1ヵ月間は正直、凄く辛い時期でした。
”もう3ヵ月なのにどうしてこんなに話せないんだろう”とか
いろいろ焦りや不安が重なってネガティブになってしまって。


実は、年が明けてすぐに日本で使っていた携帯を失くしてしまいました。
本当に大変でひとりで落とし物センターに行ったり、
保険会社に電話したり、最後には警察へ行き必死に必死に状況や詳細を説明したりして・・・。
終わった瞬間ほっとして泣きながら警察から家にひとりで帰ってました(笑)(笑)

そして3週目には大好きだった祖母が突然亡くなりました。
家族からは「帰国してきてほしい」 と言われたのでただただ急いでパッキングし緊急帰国しました。
最後にちゃんと祖母に感謝の気持ちを伝えれたのでよかったのですが、まだ信じきれてない自分がいます。

4週目の始めにカナダに帰ってきましたのでレポートが遅れてしまいました。
申し訳ありません。
でも皆さん、心配なさらないでくださいね!
私は今とーーっても元気です♫

というのは、携帯を失くして警察に行ったとき、自分の聞き取りに自信がついたんです!
見つかった時のためにIDが必要で、IDは最初に警察から言われるのですが、そのIDが聞き取れていたりして!
それに最初に悩んでいた時期も今となっては「懐かしい」(笑)
焦ったら逆にマイナスなので、マイペースにゆっくり頑張ろうと思いました!

それと祖母が亡くなった時、 ホストファミリーがすっごく良くしてくれて、
ホストマザーが私にとって一生忘れない素敵な言葉をかけてくれて、
一時帰国してるときも毎日心配のメールを送ってくれて、
カナダに帰国したときは家族みんなが「おかえり」と抱きしめてくれました。

もちろん学校の友達もみんな心配してくれて、
復学したときはすっごく喜んでくれて本当にうれしかったです。


この1ヵ月、たっくさんの涙を流しましたが、
たっくさんの大切なものに改めて気づき涙の分をすべて取り戻しました


「つまずいたらタダではころばん!」

これは私の大切な人が私にかけてくれた言葉です!
ほんとプラスになる言葉です♫


辛いこともあったけど本当に私の中の何かが成長した1ヵ月でした。
これからまた辛いこともあると思います。
でも今の私は「なんでも乗り越えられる」と強く思います!!!
さあー!!エンジン全開 !!がんばりまーーーっす!!!!


写真は休日にいろんな国の子たちとランチへ行ったりした写真や、
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大好きなホストシスターとふたりでケーキを作ったりした写真、
1

私の大好きなクラスメートとの最後の写真です♫
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カテゴリ:
柳沼名央子さん(カナダ/バンクーバー)
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